なぜ、鍵盤がないのだろう

電子楽器を初めて見たとき、私たちはつい鍵盤を探す。白と黒の鍵盤があれば、どこを押せば音が出るのか分かる。けれど、Don Buchlaが1960年代にSan Francisco Tape Music Centerのためにつくった楽器は、一般的なピアノ鍵盤を中心に置かなかった。

PLATE 25 / SOUND × TOOL × QUESTION鍵盤を置かなかった電子楽器を、三つの関係から見る。HOLOS 88 / EDITORIAL DIAGRAM / NOT AN ARCHIVAL IMAGE

置き忘れたのではない。鍵盤を置くと、演奏する人はすでに知っている音階や弾き方へ戻りやすい。新しい音を探すなら、入口の形から変えたほうがいい。そんな発想が、つまみ、ケーブル、電圧、触れる板で音を組み立てる楽器へつながった。

TOOL SHAPES THOUGHT道具の形が、考え方をつくる

鉛筆は線を引くように手を誘い、カメラの枠は世界の一部を切り取らせる。検索窓は、知りたいことを言葉へ変えるよう求める。道具は命令しない。それでも、その形によって「次にできそうなこと」を静かに狭めたり、広げたりする。

Buchlaの楽器が面白いのは、未来的な音が鳴るからだけではない。上手に弾くための正解を、最初から少し遠ざけたことにある。演奏者は、音楽を再現する前に、音がどう生まれるのかを観察する。楽器が、答えを出す装置から問いをつくる装置へ変わる。

THE FAMILIAR INTERFACE見慣れた入口の安心

もちろん、分かりにくい道具が優れているわけではない。入口が難しければ、使える人は限られる。新しさを求めるあまり、身体の経験や演奏の歴史を切り捨てることもある。

だから、鍵盤があるかないかを優劣にする必要はない。大切なのは、見慣れた形が自然に存在しているわけではないと気づくこと。私たちが毎日触れるアプリのボタンも、仕事の書式も、学校の机の並び方も、誰かが選んだ入口である。

TRY入口を一つだけ変えてみる

いつものノートを横向きに置く。文字ではなく線から考える。検索する前に、知っていることを三つ書く。小さな変更でも、思考は別の道へ入りやすくなる。

道具を変えることは、自分の能力を否定することではない。まだ使っていない感覚へ、別の入口を渡すことである。

SYNAPSESつながる窓

SOURCE DESK