金の下では、漆が働く

金継ぎの器を見ると、割れる前の姿より、つながれた線を目で追ってしまう。どこで手を滑らせたのか。なぜ、その器を捨てなかったのか。金色の線は目立つのに、肝心の事情は分からない。その分からなさが、ちょっといい。

もっとも、金継ぎと聞くと、すぐに丁寧に暮らす、そんな人生の美談のような話になる。割れたり欠けたり傷ついた器を愛でるあなたは素晴らしい。そう、その哲学は美しいし、素晴らしい。でも、お気に入りの茶碗を再生させたり、それを見ていただけなのに、急に心の更生プログラムへ案内されるのは少し困る。器にも人にも、毎回そこまで立派な意味を背負わせなくていい。

伝統的な金継ぎで、割れた破片をつなぐのは漆だ。金は、継ぎ目を仕上げる粉として使われる。主役の顔をして光っている金の下で、樹液が地道に働いている。この配役は好きだ。接着して、整えて、乾燥を待つ。見える線のために、見えない工程がある。

木の幹に傷をつけて漆を採る人たち。三代歌川広重『大日本物産図会』の上段。
漆を採る人たち

木の幹に傷をつけ、流れ出る漆を集める。金継ぎを支える樹液も、こうした手仕事から。

三代歌川広重『大日本物産図会』同国漆取之図(上段)
1877年 · 国文学研究資料館所蔵 · 37TA/00020
原画像の上段を部分表示。金継ぎの修理場面ではなく、漆の採取を描いた図。
所蔵記録・原図 ↗ · CC BY-SA 4.0
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漆工芸に用いる筆を描いた図。
漆を塗る筆

漆工芸に用いる筆を描いた図。

Brushes used in lacquer painting, fig. 5
1878年頃? · 作者未詳 · 米国議会図書館蔵
漆工芸の資料。金継ぎ専用の道具図ではありません。
所蔵記録 ↗
No known restrictions on publication(LOC)
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起源については、将軍・足利義政の茶碗にまつわる話がよく語られる。ただ、金継ぎがいつ始まったかは、はっきり分かっていない。スミソニアンも起源を未詳とし、茶の湯との結びつきの中で広まったと説明している。発明者と誕生年を一枚のカードに収めたがるのは、今の私たちの癖かもしれない。

つくった人と、直した人

金色に仕上げた継ぎ目は、器の模様にもなる。この記事の青磁碗では、花や鳥の文様の外側、縁の欠けを補った金色が見える。朝鮮半島で14世紀初めにつくられた器だが、所蔵記録に修理の時期はない。器が生まれた時間と、直された時間は違う。作者一人の作品として眺めていた物に、後から別の手が入っている。そう思うと、つくった人の名前だけを探す目が少し変わる。うっかり欠かした人の、しまった!って顔まで想像したくなる。

牡丹と鳳凰の文様をもつ青磁碗の内側。縁の二か所に金色の補修が見える。
GOLD AT THE EDGE / 縁に残る金色

《Bowl with Design of Peonies and Phoenixes》。朝鮮半島、高麗、14世紀初め。器の制作年代であり、金漆補修の時期・修理者は未詳。文様と縁の補修を見比べるための実物写真。

作者未詳 · Saint Louis Art Museum · Museum Purchase · 174:1916 · Public Domain
所蔵記録と権利表示 ↗ · OBJECT ID / SLAM-174-1916
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BOROの前に、寒さがあった

ボロ布を集めるために、人生を費やした人がいる。青森の民俗学者・民具収集家、田中忠三郎(1933〜2013年)。彼が集めたのは、名のある作家の美術品ではない。使い古された仕事着、何度も継ぎ当てされた布、農具や生活道具。かつては、古くなれば捨てられてしまうようなものばかりだった。それが今では、博物館で展示され、海外でも注目される貴重な資料になっている。なんという価値の大逆転。ところで、その襤褸は、最初から美術品としてつくられたわけではない。東北の寒い土地で、擦り切れた布に別の布を重ね、破れればまた繕う。綿の布が貴重だった時代、小さな端切れさえ無駄にはできなかった。寒かったのだ。布が足りなかったのだ。いま、こうした古い布は「BORO」という名前で、ファッションやアートの世界でも語られている。確かに美しい。藍の濃淡も、思いがけない布の重なりも、現代の抽象画のようだ。

藍染の襤褸の布団の裏側。濃淡の異なる布の継ぎ当てと、幾重もの刺し子の針目。
LAYERS OF NEED / 布を重ね、寒さをしのぐ

藍染の襤褸の布団の裏側。色の違う継ぎ当てと針目を、少し近くで見る。作者・制作年代は未詳。田中忠三郎の収集品と確認できた写真ではなく、BOROの実物を示す参考図版。

Karl Zetterström, Statens museer för världskultur · Statens museer för världskultur
CC BY 4.0 · 縮小・JPEG圧縮のみ · 所蔵・出典と権利表示 ↗
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でも、誰がその針を動かしたのだろう。家族の衣服を夜遅くまで繕った人もいただろう。自分の仕事着を、自分で直した人もいただろう。いまなら美術館の展示ケースに収められる一枚が、かつては誰かの明日の労働着だった。「昔の日本人はサステナブルだった」その一言で片づけてしまうと、ちょっと惜しい。そこには、ものを大切にする知恵だけでなく、寒さも、貧しさも、繕い続けなければならなかった人々の時間もある。田中忠三郎が残したのは、古い布だけではなかった。それを着て、働き、繕いながら暮らした、名前の残らない人たちの歴史でもあった。そして、ふと思う。百年後、私たちの暮らしからは、何が残るのだろう。あっという間に買い替えた家電か。それとも、何度も直して使った道具か。案外、歴史を語るのは立派な新品ではなく、捨てずに残された一枚のボロ布なのかもしれない。

19世紀末の子ども用敷物。藍染の綿布を継ぎ合わせた横長の一枚に、縞や格子や細かな縫い目が残る。
A PLACE TO SLEEP / 子どもの眠る場所

《Child’s sleeping mat (boro shikimono)》。日本、19世紀末。藍染の綿布を重ね、継ぎ、縫った子ども用敷物。仕事着だけでなく、眠る場所にも布を使い続けた跡がある。田中コレクションとは別の所蔵品。

作者未詳 · Photo: Matt Flynn · Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum · 2017-15-1
CC0 · 縮小・JPEG圧縮のみ · 所蔵・出典と権利表示 ↗
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金色ではない修理

器の修理にも、金色ではない仕事があった。江戸時代の焼継ぎは、白玉と呼ばれる鉛ガラスを使い、割れた陶磁器を熱でつなぐ技法もあった。川越市の博物館資料は、安価で丈夫な修理が庶民へ広まった経緯をたどっている。茶の湯の名碗だけでなく、日々の食器を戻すための仕事。修理の歴史を、金の線だけで代表させるのはちょっと惜しい。

古道具にも、言い分がある

ここで少し、化け物の話へ寄りたい。古い道具が精霊を得る付喪神。器物が百年を経て化けるという語りがある。傘も杵も、長く置いておけば、こちらを見る側になる。新品の商品説明では、人間が物を選ぶ。付喪神の世界では、使われた物のほうにも言い分がある。所有者のレビューだけで世界を決めない感じが、なかなかいい。

長く使えば必ず愛着が湧く、とは限らない。重い鍋、開けにくい蓋、何度充電してもすぐ切れる電池。腹の立つ物もある。それでも「捨てたい」と「直せないから捨てる」の間には、大きな違いがある。自分で選んだつもりで、選べる道を先に塞がれていることがある。

ねじ一本から、法律へ

接着されて開かない本体。手に入らない部品。買い替えに近い修理代。物を大切に、と消費者へ言う前に、直せるようにつくってほしい。ずいぶん素朴な要求なのに、法律の出番になる。EUの修理促進指令は、一定の対象製品についてメーカーの修理義務などを定め、各国の国内法への取り込みと適用の期限を2026年7月31日としている。何でも無料で直せる制度ではないし、日本でそのまま使える権利でもない。それでも、持ち主の心がけだけに任せない方向は見える。

昭和の時代までは各地で道具の職人が道具の修理に地域を巡っていた。鍋の修理、鋏や箒、ざるかごなども、それぞれの分野の職人が修理を請負い、直してまた届けてくれた。そうして物を作る人と使う人とが交わっていた。現代だって修理は好きな人が得意な範囲でしてもいいし、職人に頼んでもいい。だけど、物あまりの時代に、修理や修繕をしてものを大事にする、そればかりを美談にしてしまうのも違う。修理指先が動かしにくい人も、時間のない人もいる。自分で繕えないことを、物への愛情不足に数えないでほしい。部品を売ること、修理を仕事として続けられること、頼める店が近くにあること。そのあたりまで揃って、ようやく「長く使う」が暮らしの選択肢になる。

天秤棒で道具箱とふいごを担ぐ鋳掛職人。喜田川守貞『守貞謾稿』巻6の図。
鋳掛職人

鍋釜の修理道具とふいごを担いで歩く職人。

喜田川守貞『守貞謾稿』巻6・12コマ目
江戸時代後期 · 国立国会図書館蔵
原図 ↗ · Public Domain · 部分切り出し
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割れた器を詰めた二つの籠を天秤棒で担ぐ焼継ぎ屋。京坂の姿として描かれている。
瀬戸物焼接

割れた器を籠に入れて担ぐ焼継ぎ屋。図中には「京坂用之」とある。

喜田川守貞『守貞謾稿』巻6・12コマ目
江戸時代後期 · 国立国会図書館蔵
原図 ↗ · Public Domain · 部分切り出し
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修理のあとの、雑な続き

だから、直すことを無条件に善いとは言いたくない。安全に使えない器や電気製品を、思い入れだけで働かせ続けるのは違うだろう。手放すと決める余地もあってほしい。捨てない競争を始めたら、新品を買い続ける競争と、息苦しさはあまり変わらなくなる。

金継ぎの線に戻る。すべての傷を金色にする必要はない。目立たない糸で塞いだ穴も、交換した電池も、その後の日常を支えている。直した器で、また何かを食べる。繕った服を、洗濯籠へ放り込む。修理のあとに待っているのが、ありがたい教訓でなく、そういう雑な続きであってもいい。

もし古い茶碗が付喪神になって話し出したら、まずは「その感動話より、洗ってくれ」と言うかもしれない。

TODAY’S QUESTION / 今日の問い

次も使いたい物を、
誰に直してもらえるだろう。

SOURCE DESK

技法と制度は下記資料で確認。物の価値や暮らしについての見方はECHOの考察です。

  1. Smithsonian / The Beauty of Broken Objects ↗

    漆による接合、金粉の仕上げ、起源未詳。義政の話は確定した起源として扱わない。

  2. 神戸ファッション美術館 / BORO(ぼろ)の美学 ↗

    田中忠三郎の収集、東北の野良着、継ぎ接ぎと現代ファッションとの関係。2016年の展覧会資料で、現在開催中ではない。

  3. 川越市立博物館 / 江戸リサイクル再考 ↗

    焼継ぎの材料、庶民への普及。歴史技法の記述であり、鉛ガラスを用いる修理の実践案内ではない。

  4. 国際日本文化研究センター / 17世紀前後における日本の「妖怪」観 ↗

    百年を経た器物と付喪神の語り。本文後半の茶碗の台詞はECHOによる想像。

  5. EU理事会 / Right to repair products ↗

    対象製品の修理義務と2026年7月31日の国内法化期限。各国すべての実装完了を主張しない。

  6. 欧州委員会 / Directive on repair of goods ↗

    指令の対象・合理的な期間と価格・適用時期を照合。確認日2026年10月21日。

  7. 十和田市現代美術館 / 田中忠三郎の収集活動 ↗

    1933年青森生まれ、2013年没。民具や襤褸・刺し子の衣類の収集保存と文化財について。2014年の企画記録。

  8. Japan Society / Boro Textiles: Sustainable Aesthetics ↗

    田中コレクションの海外展示、寒冷地での布の再利用と現代ファッションへの展開。2020年の展覧会資料。本文の「いただろう」は特定の着用者の記録ではなく、ECHOの想像。