秋の夕方には、時間が少し早足になります。まだ仕事も夕食の支度も残っているのに、窓の外だけが先に一日を畳み始める。ふと誰かに会いたくなったり、遠くへ行った人を思い出したりする。毎年のことなのに、夕焼けを見ると少し心細い。
それは文学だけの話ではありません。季節が動くと、光を浴びる時刻と量、眠る時刻、体温、活動量、人と会う機会まで変わります。ただし、「秋は寂しい」と季節性情動障害は同じものではありません。自然な感情の揺れを病気にせず、助けが必要な状態も見逃さない。その間を歩くために、まず光が身体へ入る場所から見てみよう。
The eye has two kinds of seeing.目は、景色だけを見ているのではない。
私たちは、光を「ものを見るため」に使っていると思いがちです。網膜の桿体と錐体は、暗さ、明るさ、色、形を捉えます。けれど網膜には、メラノプシンという光受容タンパク質をもつ内因性光感受性網膜神経節細胞、ipRGCもあります。網膜神経節細胞のうち約1〜2%という少数ですが、周囲の明るさを脳へ伝え、瞳孔反射や体内時計の同調に関わります。
つまり、よく見えていることと、身体の時計へ十分な光情報が届いていることは、完全に同じではありません。室内で文字が読める明るさでも、屋外の昼光とは強さが大きく違います。そして夜の強い光は、時刻によって体内時計を後ろへずらす方向に働くことがあります。
ipRGCからの信号の一部は、視覚像をつくる主経路とは別に、網膜視床下部路を通って視交叉上核(SCN)へ向かいます。SCNは約24時間周期のリズムを外界の明暗へ合わせる中枢です。「光を見る」より、「光で時刻を知る」に近い経路です。

receives light.網膜から視交叉上核へ入る光情報と、松果体などへ向かう出力。Blume, Garbazza & Spitschan, 2019 · CC BY 4.0
The clock is not the schedule.体内時計と、生活時間は同じではない。
体内時計は壁の時計のように一つの針だけで動いているわけではありません。睡眠と覚醒、深部体温、ホルモン分泌、食欲などに、それぞれ時間的な波があります。中心時計であるSCNは光を強い手がかりにしますが、食事、運動、社会的な予定もリズムに影響します。
メラトニンは「眠らせる薬」というより、身体へ生物学的な夜を知らせるホルモンです。暗い環境で分泌が高まり、光によって抑制されます。研究では、薄暗い条件でメラトニンが上がり始める時刻をDLMOと呼び、体内時計の位相を推定する指標に使います。市販の睡眠記録だけでは直接測れず、主に研究や診療の場で確かめる指標です。
秋冬型の季節性情動障害では、体内時計と睡眠時刻の関係がずれる「位相ずれ仮説」が有力な説明の一つです。多くの人では冬に時計が遅れると想定されていますが、すべての人が同じではなく、少数は進むと考えられています。仕組みはまだ一つに決着しておらず、セロトニン系など別の仮説も研究されています。
身体の時計だけが、季節のほうへ引かれる。
その小さな時差を、冬じゅう抱える人がいます。
Sadness is not yet SAD.寂しさと、季節性情動障害を分けるもの。
季節性情動障害は、特定の季節に繰り返すうつ状態として捉えられます。特定の季節にエピソードが始まり、別の季節に軽快するパターンが繰り返されることが重要です。一度、秋に気分が沈んだというだけでは判断できません。
冬型では、気分の落ち込みや興味の低下に加え、眠りすぎる、炭水化物を欲しやすい、体重が増える、人から距離を取りたくなる、といった特徴がみられることがあります。夏型では、不眠、食欲低下、焦燥など、別の現れ方をすることがあります。
大切なのは、症状の数だけではなく、期間と生活への影響です。仕事や家事ができない、何をしても楽しめない、睡眠や食欲が大きく変わる状態が続くときは、「季節だから」と一人で待たず、医療機関へ相談してよいのです。死にたい、消えたいという気持ちになる前に、感情のサインに大きな変化がある場合には、季節を問わず早急な支援が必要です。
Light is a treatment, not décor.光療法は、明るい部屋づくりとは違う。
高照度光療法は、冬型SADに用いられる治療法です。一般的な説明では朝に専用のライトボックスを使いますが、照度、時間、距離、開始時刻が関わります。家庭の照明を明るくすれば同じ、とは言えません。
光を当てる時刻は体内時計を進めも遅らせもします。双極性障害では躁状態を誘発する可能性があり、眼疾患や光感受性を高める薬にも注意が必要です。自己流で長時間浴びればよいものではなく、治療として使うなら医療者へ相談するのが安全です。
ルクスは人の明るさの知覚に重みづけした測光量です。体内時計への作用は照度だけでなく、波長、曝露時間、時刻、過去に浴びた光、個人差に左右されます。「青色だけが体内時計に効く」と単純化するのも正確ではありません。
The social season changes too.変わるのは、光だけではない。
秋冬は日照時間だけでなく、人の動きも変えます。外出が減り、夕方の散歩が短くなり、窓を閉め、誰かと立ち話をする機会も少なくなる。年末の行事は増えても、親しい人を失った記憶や、家族との関係が強く意識される人もいます。
孤独は人数だけでは測れません。大勢と会っていても孤独なことがあり、一人でも穏やかなことがあります。必要なのは「もっと社交的に」という号令ではなく、自分にとって負担の少ない接点を確保することです。決まった店で挨拶をする。週に一度、電話する。犬といつもの道を歩く。小さな反復は、生活時間の手がかりにもなります。
Seven days of inner weather.
- 起床時刻、眠った時刻、昼寝の長さ
- 朝、屋外へ出た時刻と、おおよその時間
- いちばん眠い時間と、気分が落ちる時間
- 食欲、甘いものや炭水化物への欲求
- 人と話した日、話したあとに疲れたか楽になったか
- 月経、更年期症状、服薬の変更
記録は、自分を監視するためではありません。「冬が苦手」という大きな塊を、朝の光、遅くなった就寝、減った散歩、強くなる月経前症状など、相談できる単位へほどくためです。
心の天気を読むとは、毎日を晴れにすることではありません。
雨の周期を知り、濡れた日に入れる場所を先に見つけておくことです。
